来るべき書物の予告篇

海外文学を中心とした書評、作家志望者のためのアイデアノート

断片メモ、幻想の未来派について

それは騒々しく、硬質で、スピードと大衆とテクノロジーを賛美した宣言によって始まった。

そしてそれはファシズムの熱に浮かされた軍靴の響きの中に消えていった。

 

Futurismo/未来派というのが彼らの活動の名である。

 

たしかに、彼らの活動はあまりに政治的であった。

彼らの戦争賛美はあまりに度し難く、テクノロジーによる人間進歩というヴィジョンは無垢に過ぎた。

しかし彼らの党派性よりも、その奔放な「予告性」を再評価すべきだ。

未来が陰惨な世界像を意味するものとなり、テクノロジーによって疎外された人間の悲鳴がこだまするいま、彼らの奇想と狂騒はファンタジーのようなまばゆい輝きを持っている。

 

未来派芸術家の多くに共通していたのは人工物へのオブセッションだった。なかでもデザイナー、舞台芸術家だったフォルトゥナート・デペロは群を抜いている。

彼は造形的バレエと名付けた自作の人形による演劇形態を構想し、人間性を廃し、観念的で抽象的なデザインを重視していた。

さらに「造形的複合体・未来派自由遊戯・人工的生」「未来派による宇宙の再構築宣言」という二つの宣言書によって、世界を幾何学的図形からなる人工的風景や自動的に動く金属動物の総合芸術的演劇へと置き換えることを謳ったという。まさに、世界を舞台化する目論見である。

 未来派の冒険が確信しているのは、すべてにわたる機械的形態の勝利、悪夢(cauchemar)や非凡なものの文学

   ロベルト・ロンギの批評 田中純『冥府の建築家』より

 

未来派飛行機協会というのも、その奇妙さで際立っている。

未来派の若い世代のなかで新しい移動機械のジャンルを(例えば自転車や汽車や自動車に代わるものを)発明するという情熱が流行したことがあり、飛行機はその中でも最も期待が集まった分野であった。この時期多くの幻想的としか言えない飛行機械のアイデアが提案されたという。

結果、未来派飛行機協会はひとつとして実際に機体を完成させることはなく、未来派のなかのアンビルトといった具合で、いまではこの集団が本当に存在していたのか疑わしいほどである。

 

あまり特集されることはないが、未来派の文学者たちというのも一癖も二癖もある人物たちだった。

音楽家でもあったソレス・カルデリーニは譜面を発表するように『カルデリーニ小説構想集』を出版している。日本ではその内容を引用すらも見ることはできないが、そこに収録されていたのは短編ないし、長編のアイデア「のみ」であって、どれもプロット段階の未完成作ばかりであったという。カルデリーニはそれをさも完成した作品であるかのように扱い、一方でそれらが未完成であることを誇ってみせたりもしたそうだ。

 

あるいは未来派のかなり後期に活動したフォルナーラは貧困のためにイタリアの南へ南へと移動しながら推理小説を書き続けたが、途中で小説とはなんと効率の悪い形式かと憤慨し(今で言うならコスパが悪いということだろう)、自身の小説のシナリオをタロットカードのような紙片に分割して印刷し、読者が自分で組み替えて読む遊戯にして販売しようとした。

スイス出身の実業家にして芸術後援家で自身も小説などを手掛けていたジルヴェール・クラヴェルはこれを評価したそうだが、実現していたらハイパーテキストのはしりになっていたかもしれない。

 

またトトー・ベッリは未来派の本来の意図を忠実に実行することのみを考え、イタリアの旧来の伝統美術を乗り越えるため、そうした作品に未来派的なテクストを書き加えることを考えた。彼の作品は正方形をしたページに印刷され、中央に美術作品の模写、周囲の空白に彼の文章がびっしりと書き加えられたものだった。

ベッリは自身のこうした手法を「注釈的創作」と呼んで周囲にも推奨していたそうだが、好戦的な未来派作家たちには彼のやりかたは容れられなかったらしい。

 

こうした「ホラ話」のような芸術家たちは、いわばモダニズムのロマン主義者として評価の日を待っているのである。